東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)1364号 判決 1988年7月11日
主文
被告人を懲役三月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和六三年五月二六日午後七時四五分ころ、東京都荒川区南千住二丁目三四番五号延命寺墓地において、A方外七名方の墓碑合計八個を順次手で押し倒したり、引き倒すなどして転倒させ、もって、墓所に対し公然不敬の行為をしたものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
罰条 刑法一八八条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号
刑種の選択 懲役刑選択
刑の執行猶予 刑法二五条一項
(量刑の事情)
本件は、被告人が、飲酒した後小用を足すために立ち入った墓地内で、酔って足元がふらつくため墓石に手を掛けたところ、足元に墓石が倒れてきたことから酔余これに立腹し、判示のとおり、その場で次々と墓碑を押し倒したり、引き倒して転倒させ、墓所に対し公然不敬の行為をなしたという事案であるが、右のとおり、本件が酔余の上の偶発的犯行であるとはいえ、社会一般から神聖視され崇敬される墓所において、次々と墓碑を転倒させた本件犯行は一般人の宗教感情を害するものであるばかりか、墓碑の所有者・遺族らの宗教感情をも著しく傷つけるものであり、しかも被告人には、やや古いものもあるけれども、これまで暴行、傷害罪等の粗暴犯により処罰を受けた前科が少なからず認められ、その中には飲酒の上の犯行も少なからず窺われるのである。こうした事情を考えると、犯情は芳しくなく、被告人の刑事責任は軽いということはできない。
しかしながら、被告人は、本件で検挙された後、率直にその非を認めており、今後は飲酒を控えて十分自重し、二度と過ちを繰り返さない旨述べて反省の情を示しているところ、その後、本件墓所の管理者である延命寺との間では、墓碑の修理費用として金五〇万円、供養料として金一〇万円を支払うことで示談が成立し、住職からは宥恕の意向が表明されていること、被告人の勤め先の雇主が当公判廷で今後の被告人の監督を誓約していることなど、被告人のために有利な事情も認めることができる。そこで、以上の情状を総合考慮し、今回は、主文のとおり、刑の執行を猶予することとした。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官川上拓一)